月夜見 “季節外れの風邪っぴき”
         〜大川の向こう

 
いつまでも寒くて上着がなかなか仕舞えないねぇとか、
コタツが片付けられなくてねぇなんて、
冬の名残りのような話をしていたのは、
ほんの半月ほど前の話じゃあなかったか。
時々、遅れを一気に取り戻したいかのような、
平均を取ったなら
そんなにも遅い初夏の訪れだとは気づけまいというほど極端な。
夏日を通り越し、
真夏日と呼ばれるほどの気温を叩き出した日もあったけど。
桜と入れ替わるよに咲き始めるツツジはともかく、
サツキはやはりなかなか咲き始めなんだ、
寒暖差の激しい春だったからだろう。
今年は特に、元気なはずの子供らがひょんな拍子で風邪を引いており。

 「まあねぇ。」
 「暑い暑いってシャツ脱いだり勝手に裸足にはなるくせに。」
 「肌寒くなったってのには なかなか気がつかないし。」
 「自分で何か羽織ろうっては、
  よほどにはっきり寒いころでもない限り、まず無いものねぇ。」

四方をぐるりと水辺に囲まれた、中州の里だから…というのじゃなく、
他の土地と同じように
例年にはない気候に振り回されての風邪っぴき小僧が蔓延し、
大川の向こう、大町の耳鼻科や内科へ通う子が、
いつまでもいた新記録を作ったこの春で。

  しかも、も一つ意外だったのが

ただ腕白だってだけじゃあない、
他のやんちゃなお子様がたとちがい、
結構 自己管理も出来ていたはずの坊やまでもが
数日ほどお出掛け厳禁と診断されての学校を休んだものだから。
これはやっぱり、この春の様相はただごとじゃあないんだってと、
大人たちを“さもありなん”と訳知り顔にさせたのであり。



 「まあね。節制も大事じゃああるけれど、
  ちょっとした風邪くらいなら
  むしろ毎年 縁があった方がいいのかもしれないわよね。」

 「………。」

病気だぞ、何言ってるかなと言いたげなお顔になったものの、
この姉に舌戦で敵うはずもなく。
むすぅっと仏頂面をしただけだったその表情は、結局いつもの素のお顔。
そうだという仄かな変化、実はちゃんと気づいている鬼百合が、
しばしの間 彼に代わって指導を受け持っていた幼年組のお稽古も、
明日からは元通りなのでという申し送り、
そちらも欠席している子供らがいたが、それでも戻りつつある話をし、

 「ここのお兄ちゃんでも風邪ひくんだぁって、
  びっくりされてたもんねぇ。」

なので、自分たちがお休みしたのもしょうがないんだぁって、
微妙な都市伝説になりかけてたくらいだと。
それこそ微妙な話をして〆めとし、
弟くんのお部屋から出てった くいなさんであり。

 「………。」

大事を取って、大人しく寝ていたのは都合4日。
初日が昼からなので、正確には3日半。
自分で治ったと思っても
体は弱っているからぶり返しかねない、
だから大事にしなさいと言われたとしたって、
実は昨日の朝方から、
すっかりと元気を持て余していたお兄さんであり。

 “寝てると腐っちまいそうだしな。”

そもそも、当人の安静だけという訳でもなかった療養で。
当初は多少 悪寒も覚えたものの、
“寝込む”必要が本当にあったかどうかはやや疑問。
この程度の風邪は“引きはじめ”に叩くのが基本という、
こちらのご一家の方針に従い、
怪しい…かな?という段階でお手当て完了していたのだが。
万が一にも“誰かさん”へ伝染しちゃいけないからという建前の下、
半分くらいは“隔離”もいいとこだったりし。
そこのところをもうちょっと掘り下げるなら、

 『ほらルフィ、ゾロも風邪だ。
  風邪ひくと誰だって、
  大人しく寝て治さにゃあなんねぇんだぞ?』

 『う〜〜〜。』

ほんの少しほど先に具合が悪くなったらしい坊や。
暑い寒いが日替わりでやって来るのへ翻弄されてのことだろが、
そちらさんもたいそうお元気な子だってのに、
この陽気の中、クシャミが出るわ、
朝からのお元気の起き上がりが随分ととろいわ。
他に何をおいてもこれこそ異常、
ご飯を残すわという判りやすい症状が出たもんだから、
あっと言う間にお医者様へ強制連行された坊っちゃんの、
気持ちは元気ゆえの憤懣へ蓋をするのに
ちょみっとばかり引き合いとして使われてもいたようで。

 「………。」

だとして。
向こうはどうなんだろうなと、
実のところそれが一番に気に掛かる。
初日は、どういう順番なんだかこっちを案じて
“お見舞いに行くんだ”と駄々をこねたらしい話を父から聞いたが、
それ以降は何の噂も聞かれない。
そこが却って気になると、
無理から横にならされつつ、眠くもならずの落ち着けなくて。

 “我慢強さだけは練られたような気がするが。”

どんな養生でしょうか、それ。(う〜ん)
快癒したならそこはそれ、
今日は平日、学校へ行かねばならない身ゆえ。
時間割を確認したカバンを手に、玄関まで向かっておれば、


  「ぞろ〜〜〜っ!」


おやおや、随分とお元気そうな、
しかも張りのあるお声が一喝してくださったので。
はっとお顔が上がった剣豪少年、
急に歩幅が広くなっての大急ぎで玄関先へ飛び出せば、

 「元気なったか?」
 「ルフィ?」

そちらさんはランドセルを背負った坊やが、
にんvvと満面の笑みにてお出迎え。

 「みんな心配してたんだぞ?
  ゾロがこんな時期に風邪ひくなんて初めてだったからな。
  オレもな、お見舞いに来たかったけど、
  びょーきで弱ってんのに無理さしちゃいかんてシャンクスに言われて、
  そいで、しょーがないからお家で
  じーちゃんの仏壇へ“なむなむなむ”って早く治れってお祈りしてた。」

 「そ、そーか。」

ちなみに、
じーちゃんの云々というのは、祖父様の位牌があるという意味じゃあなくて、
祖父様が奮発して買ったものという意味であり。
その祖父殿ご本人は、
外洋を巡る貨物船の船長さんとしていまだ現役でいらっしゃるとか。
エースとルフィの祖母と母上の位牌と写真が収められている仏壇なので、
どうかお間違いのなきように。

 「ごりやくがあったなって、シャンクスが言ってたぞ?」

何がどう作用しての御利益なのか、
大人ならそうとツッコムところかもしれないが。
大きなお眸々を嬉しそうにたわめる、
お陽様坊やの天真爛漫な笑顔にあっては、
そんなくだらない揚げ足取りなぞ
思いついた端から恥じ入ってしまいたくなるほどであり。
よそんチの坊やの風邪まで任されては、
ルフィのお母様たちも大変だったに違いないと。
そこは素直にそんな解釈をしたらしい、いが栗頭の剣豪少年。

 「そうみたいだな。」

帰ったら俺もお礼にお線香あげさせてもらうなと、
何でか小学生が朝っぱらか抹香くさい会話になっておりますが。
(苦笑)
朝の空気の中、川のそれだろ水の香りも入り混じり、
この里ではそれは清かな風が吹く。
やわらかそうな黄緑色の若葉が覗く
槙の樹の梢の先を、
それは素早い影一閃、
早くも戻って来ていたツバメの影が翔っていった初夏だった。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  12.06.06.


  *ややこしい気候は夏にも引き継がれるんでしょうかね?
   なかなかすっきりと全員の風邪が治らぬ我が家です。
   いっそのこと冷夏だったらと思う反面、
   それだと季節の商品が売れないのだそうで。
   でも、涼しいほうが浴衣や団扇で間に合うやと
   節電の夏、ちゃんと流通も動くような気もするんですが…。

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